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2006年08月23日
住宅としがらみ
今日は少々まじめなお話を。
普通、モノ・サービスを購入するとき、『よし、これを買おう』 と自分で決定すると思います。
高額なモノであれ、低額なモノであれ、です。
購入の決定要因はさまざま。
機能性や耐久性、アフターサービス、担当者の人柄や能力、デザイン、知人からの薦め、価格...etc
たとえ知人からの推薦であっても、
「自分が」 「気に入ったモノ」 を 「買う」
というのが、普通です。
何を当たり前のことを・・・と思われるでしょう。
そーなんです、これ、当たり前っちゃー当たり前なんです。
ところが、
住宅となるとそーはいかない、という人がワリと多いんです。
さまざまな “しがらみ” を抱え込んでる人が多いんですよ。
“しがらみ”にはいろんなバリエーションがありますが、おおむね次の3つがポピュラーです。
①親戚筋に建築関係者(工務店や設計士)がいて、その人に依頼せざるをえない。
②仕事関係や取引先に建築関係者(工務店や設計士)がいて、その人に依頼せざるをえない。
③ある特定の人(親戚や家相見など)の意見を大幅に取り入れざるをえない。
この“しがらみ”のおかげで、家作りが苦痛になってしまったり、場合によっては家作りそのものを放棄してしまう、なんてことも珍しくはありません。
なんで住宅だけ、こーなることが多いのでしょうか?
いろいろ考えられますが、思うに・・・
■住宅建築は決定時(契約時)には目の前にまだ何もできていない。つまり建ててみてちょっとお試しして(ちょっと住んでみて)から決定するか、ということができない。
■住宅は「あ、しまった!失敗した・・・」という後悔が許されないほど高額である。
等々の理由により、決定に際し、妙なプレッシャーがかかるわけです。
そのうえ、家作りなんて、普通は初体験です。
ただでさえ、「これでいーのかな?」と誰しもちょびっとは不安にもなろうってもんです。
そのときに、「あーしろ、こーしろ」という人物が周囲にいたら・・・
もしくは、「あーしろ、こーしろ」という心理的圧力があったら・・・
『じゃ、まあ、あの人の言うことも聞いておいて、なんとかうまく・・』
と考えてしまうのも、やむを得ないことなのかもしれません。
ですから、シャチョー思うんです。
住宅のような買い物こそ、
後悔しないためにも、
自分の心に素直に問いかけ、
「自分が」 「気に入ったモノ」 を 「買う」
ので、いーのではないか、と。
突き詰めればフィーリングってことになるんでしょーけど、
フィーリングでいいと思うんです、自分の感性に響いていれば。
生涯に一度っきりだからこそ、
とてつもない高額な買い物だからこそ、
『ホント、これが気に入ったので、あの業者に決めました』
晴れ晴れとした表情で語ってもらいたいものです。
自分の心にうそをついて、自分を強引に納得させる家づくりだけは避けてもらいたい。
本来、家作りとは楽しいものであるべきです。
せっかく、「新しい家族生活を作り上げる器」を創るんですから。
「家族」という社会最小限のユニットは、ぜひとも幸せであってほしい、こんな時代だからこそ、なおさらです。
それが、もう苦痛なんで妥協を重ねて仕方なく、というのはあまりに残念です。
ましてや家作り放棄、なんて悲しすぎます。
晴れ晴れとした表情で『ホント、これが気に入ったので、あの業者に決めました』と語れば、“しがらみ”に属する人たちも「そこまで言うなら」と必ずや理解してもらえるものとシャチョー、信じてます。
空間工房は、晴れ晴れとした表情で語ってもらえる建築会社になりたいものです。
PS.
ところで、これはどーでもいーんですが・・・
私たちの感覚では、「売る」というより、「依頼を受けてお創りする」という感覚が強いです。
話の便宜上、「売る」「買う」という表現にしましたが。
投稿者 tattun : 2006年08月23日 15:23
コメント
なるほど売る側の感覚ですね。現在商売として家を売る人はほとんどの方は同じ考えだと思います。儲け主義の会社はすでに淘汰させれいると思うし、人生最大の買い物に付き合う人達ですから真剣になるはずです。周りの人からの助言で迷ったり、義理を立てるのは当たり前の話で 一人で生きてるわけではないのです、世の中そういうもんです。いろいろな方の助言で迷ったり、最悪中止したりするのは 悪いことではないのです。一生ものだからこそ迷いはあります。それを超えてできた家には信念もありますし、悩むほどに間違いなくよい家はできます。
「自分の思うどうりに生きてきた」なんていう人がいますが、それは大抵周りの人がよけてくれたからなんです
投稿者 naruhodo : 2006年08月24日 12:07
>naruhodo さん
手厳しいコメントありがとうございます。
ご相談を受ける最前線の私たちからしますと、この“しがらみ”なるものがそうそう簡単なものではない、というのが現実であることはたしかです。
たとえば、の話ですが、ウチが家づくりを請けたせいで
・施主さんが親戚筋と断絶
・施主さんが職場で顰蹙を買い、居場所がなくなる
等々の事態を招くのは、決して私たちの本意ではありませんから、これはちょっとマズイですよ、とお断りするケースもあるわけです、とても残念ですが。
もちろん、naruhodoさんのご指摘通り、私たちは(いくらきれいごとを言っても所詮商売人ですから)仕事は欲しいわけです、本音では。
お客さんから相談受けたら、ウレシイですもん(笑)。
でも、家族の幸せを構築するために家づくりの手伝いをしよう、という崇高な(?)理想を掲げてハウスメーカーをやめてドロップアウトした私たちとしますと、『施主さんが不幸になってまでやるのはなあ』という気持ちも同時に持つわけです。
『それは困りましたな・・』
『その状況ですと・・ウチが請けるとあとで問題になるのでは??』
こんな風に施主さんと一緒にアタマを抱え込む、というのがご相談最前線で実際に行われるやりとりです。
そもそも家を建てよう!家を建てたい!という決断そのものが、すごい決断だと思うんですよね(どの業者に依頼するか、は別として)。
この不況のさなかに、超超長期のローンを組んで、とてつもない金額の買い物をしよう!ということですから。
せっかくこの大きな決断をされたんですから、施主さんは楽しく、素直に突き進んでほしいなあ...と素朴に願う気持ちが私たちに生まれるのも、これまたたしかなんです。
星の数ほどある建築業者のなかから空間工房という会社を検討にあげていただいたのなら、なおさらです。
それでもしかし・・・
naruhodoさんのおっしゃるとおり、さまざまな障害(?)を乗り越えてできた家なら格別であることはまちがいないし、ベリーベストですよね。
場合によっては延期や中断になる、というのは長い人生のなかでは、小さなまわり道にすぎないのかもしれません。
それを「せっかく一度は建てようと決めたんだから建てましょうよ」というのは建築業者の単なる押し付けなのかもしれませんね。
投稿者 おかもと : 2006年08月24日 20:51
